醤油ラーメン

毎週、子どもの習い事、スイミングの後は近所のラーメン屋さんに家族で行くことにしていた


家からも、プールからも近いし
カウンターだけの、狭いお店なんだけど
ラーメンの美味しさだけじゃなくて
厨房にいる、寡黙なおじちゃんと、
そして、対照的な笑顔のかわいいおばちゃんの人柄に
家族全員がほれ込んでしまったというのもある。


いつも、頼むものは一緒

お父さんは味噌ラーメン
お母さんはチャーハン
娘は醤油ラーメン


おじちゃんが、一生懸命、調理している間
おばちゃんが、笑顔で接客しながら、おじちゃんをサポート

その『阿吽の呼吸』がたまらなく愛おしかった。


数ヶ月前

突然、お店のシャッターが降りていて
不安がよぎった。

数日後、おじちゃんが、独りで厨房に立っていた


『おじちゃん、おばちゃんは?』
と聞くと

小さい声で
『ちょっと、倒れちゃって、入院しちゃったんだよね』

独りで奮闘するおじちゃんは
いつもより、疲労もはげしく
髭を手入れしていないのも、現状の大変さを物語っていた



一ヶ月ほど経ったときに
おばちゃんが、戻ってきた

すこし、痩せてしまったおばちゃんだけど

おじちゃんと、二人並んだ姿を見て
嬉しかった。



いつまでも

二人には、その姿を見せていて欲しいなと、思っていた。




でも、突然、その日はやってくる。

おじちゃんから

『お店、今月いっぱいで、辞めることにしたんだよ』

と、告げられた


なんで???
とは、二人の姿を見ていたら
言えなかった。







ただただ、残念でしかなかった。









閉店までの間に
たくさん、通おう!と、家族で話していたが

あっという間に最終日の日になった。



二人の人柄と、味に惚れている人は
私たちだけじゃなかった


お店には、長蛇の列
お昼も来たけど、名残惜しくて、また夜もきちゃったんだよね
なんて話も聞こえてくる


ようやく店内に入ると
たくさんのお客さんからの
お花が飾ってあった


いつもより、汗をたくさんかいた
おじちゃんと、おばちゃんが
そこに、いた。


相変わらず同じメニューを頼んで
いつもなら、家族で会話をしているのに

何にも、言葉がでてこなかった。




お店にいる、すべての人が

おじちゃんと、おばちゃんのその愛おしい動きを
目に焼き付けていた


私たちより、先にきていた、初老の男性が
食べ終えて、大きな声でこういった

『おいっしかった!ご主人!おくさん!ごちそうさん!!!』

店内中に響いた。


そして

お釣りをうけとるときに
『また、こんな店探すなんて、むつかしいよ』


と。


涙がこぼれそうだった。


隣にいるパートナーが
私より、先に、泣いていた。


泣くなよ!と、言いたかったけど
私も、同じ状況だったので
二人して、うつむいた。



みんな、それぞれが


『ごちそうさま』
と、
『今まで、ありがとうございました』

を置いて、帰っていった。




私たち家族の前にも
いつものラーメンとチャーハンが並んだ。


娘のラーメンには
しかけがある。

それは、数年前。

なるとが大好きな娘が
醤油ラーメンを頼むと、一番最後までなるとをとっておいて
最後になるとを二枚、口に入れて
家に帰るまで大事にしているというのを
おばちゃんに伝えてから、


おばちゃんが、こっそり、なるとをたっくさん、のせて
そして、その上に、のりを、かぶせてくれるのである。


行儀が悪いのは、承知だが
最後に、そのたくさんのなるとを口いっぱいに頬張り
『ふぉふぃふぉーふぁふぁふぇひふぁ〜』(ごちそうさまでした)
と、おじちゃん、おばちゃんに言うのである。

おばちゃんは
それを見て
『わかってるから〜、いわなくていいんだよ〜』
と、いつも、優しく笑ってくれた



最終日の今日も


ちょっと、浮いているような、のり。

その下には
たっくさんのなると。


醤油ラーメンが塩ラーメンになるんじゃないかというくらい
涙がにじんだ。



今までの、感謝の気持ちを込めて

ごちそうさま、おいしかったです。ありがとうございました

と、言いたかったのに
先に、おばちゃんから
『ほんとに、いままで、ありがとね』
と、言われて、喉に、鉛があるみたいになってしまった。


娘が、書いた手紙と絵を
渡して、帰ろうかとおもったら

娘の名前を呼ぶおばちゃん。


冷凍庫から、何かだして、娘にわたしてくれた。


何度も、頭を下げて
後ろ髪ひかれつつも
店をあとにした







家に戻って

おばちゃんからもらった袋を
開けようと。

たぶん、ギョーザかなぁ?
なんて思った瞬間に
目の前にでてきたものは
想像していないものだった。






大量の、なると
だったのだ


まだ、切る前の、パッケージになっているなるとが

何本も、何本も出てきた








おじちゃんと、おばちゃんの
あたたかい
あたたかすぎる


娘への

てがみのような

なると

だった






私たちは、毎日、何かを食べて
生きている



今までも、たくさん
誰かが作ってくれた
美味しいものに出逢ってきた



でも


こんなに

味以上に、料理には想いが大事なんだ

と、教えてくれたお店は無い。






おじちゃん、おばちゃん

ありがとうございます



我が家の冷凍庫には
愛のなるとが
鎮座しています




いつか


おじちゃんと、おばちゃんみたいに
なりたいです。